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【2026/10/08 17:01 】 |
トルコから来客
アフィヨン大学の彫刻の教授来訪。
トルココーヒーと出来たての売り切れ御免のトルコの名店の菓子を頂く。
二ヶ月間の中国滞在で作品制作の予定。
工場長も途中から合流。
塑彫磁廠内の民居庭先で田舎料理の会食後工場長宅も訪問。
家蔵の油彩を気に入った様子、北京の知人の画家を紹介することに。
工場長は教授の作品を気にいったようで、今回の中国滞在で製作する
作品を買い取ることに。小雅招待所に展示されるであろう。
12月トルコに招待されたのでイスタンブール、コンヤ、アンカラと訪問予定。
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【2011/07/14 02:16 】 | 本日の活動 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
責任心 ze ren xin
責任感と同じ。景徳鎮では責任心のほうを多く聞く。

景徳鎮人の責任感の欠如は半端ではない。

およそ物ごととは達成できないためにあるのだから

目先数分以内のことに熱心に関わるのは確約が無いから意味が無いと言う

感覚だ。

頼んだことは即座に守られない。

契約と言う概念はほとんど意味が無い。逃げておしまいだからだ。

例えば警察。

事件が起きても殺人以外はまず動かない。

泥棒や詐欺を捕まえても得点にならないし、疲れるよりはマージャンした

り、タカッタ金で愛人と贅沢に暮らしていたほうが楽なのである。

だから事件に巻き込まれた人は予算が釣り合えば漸く警官に賄賂を払って

動き出してもらえる。

彼らには社会とか公とか他人とかは一切関係ない絵空事の世界なのだ。

有るのは目先の自分にどれだけ利益の供与が具体的に明確に存在するかである。

箸の上げ下ろしも全て目先の損得で一円二円まではじいて決めるほど吝嗇でもある。

だから日本の100分の一も他人に何か期待してはならない。

もらえる金以外のことで、出なかった携帯が折り返し当日かかってくるだけで有難いと思わなくてはならない。

そう言う土地柄で人を使って分業体制を敷いて良い製品を作ることが

如何に神経が破壊される行為であるか想像できるであるか?

札びらで職人の顔を叩いて悦ばせながら適当なものを沢山作らせて客に適当に言って売る連中以外この町では大成功はできない。

増益を追求せず手作りでいいものを手間暇かけプライドをっ持って作るなど、景徳鎮人にはヒアリングできない程通じないのだ。
始めは私の発音が悪くて、聞いても分からないと言われているのだと思ったがそうではなく概念が既に論外なのである。

宇宙人が突然来て全く違う次元の法則を話しているのと同じことだ。

良心ある経営者や外地から来て商売している連中は「景徳鎮で最大に問題なのは低民度より蔓延する無責任だ」という。

従業員の人選に何年もかかる理由がここにある。

【2011/07/13 10:38 】 | 現代景徳鎮用語 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
高級粉彩花卉図碗


これは普通の言葉だけの高級とは違う品です。

作り方から素材まで昔のまま、貴重な材料で柴窯で焼かれた今ではとても貴重で大金のかかった品物です。


まずなかなか手に入らない最上級の景徳鎮現地土と現地土釉薬の灰釉、水車で挽いた磁土を熟練者が足踏みでこねた胎土。上絵の顔料もコネが無いと殆ど手に入らない天然鉱物顔料。科学的に作った今できの顔料と違って古典の色合いそのまま深いピュアな味わいです。官窯の様な出来栄えです。肌触り、音、柴窯で焼いた古の感触が蘇りました。非売品にするか悩んでます。ようやく出来てきたものです。次に同じ物は材料が手に入らないのでいつできるかわからない品。こう言った素材が一般に回ってくることはまずありません。






蛇足なようですが景徳鎮の高級磁器メーカーを経営するご両親を持つ陶磁器大学の大学院生が見学に来ました。代々景徳鎮窯地主であった家庭に育ち事情にはかなり精通している彼女が一切の疑念を挟みませんでした。
私から厳しい目で敢えて批判して言えば古彩の赤が少し邪魔だと言うことでしょうか。素材工法の共に貴重な事は彼女も認めました。

またトルコ人の陶芸家のマスターも私が軽く爪で碗を弾いたら目を輝かせて「柴窯焼成の音がします」と即座に答えてくれた。

ここは裏の裏まで精通する玄人が多いので喋りやすい。

日本ではいっそ本論に辿りつく前に「プリントではないか」とか「景徳鎮は断絶して骨董しか残ってないのではないか」とかそんな疑念ばかり被せられて日本での活動の中心は弁解と説明に終始して徒労に終わったが、ここでは一言、二言核心だけ言えば話は万里の果てまで連なるので実に楽しい。

色絵の染付より茶味を崩す話も経験も知識もある人たちは、トルコ人も、中国人もすんなり受け入れる。理屈の図式が見えるからだ。

茶葉の話も究極の話題が飛び交う。


非売品
【2011/07/12 21:12 】 | 生活雑器食器関連 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
洋金加彩龍鳳図杯




セミアンティークになった旧国営磁器工場石炭窯製品。

この当時量産品にも景徳鎮現地の土が使われていた。
材料は昌江を船で幾らでも運んできた。
間もなく取り壊されるであろう「為民瓷廠」の巨大煙突。
煙突と窯窯を結ぶ巨大なパイプラインは寸断されながらも
今でもところどころ姿を留めている。
地所は個人に買われたらしいのでそのうち再開発が進むであろう。
終戦後の軍需工場跡地と言えば年配の方は雰囲気が掴みやすいであろう。
子供の格好の遊び場となり、広い工場建屋は小規模工房が分割間借りして
いろいろ雑多の物を焼いている。
共産主義の残照の様な空間が広大に広がる。

この茶杯はそうした国営工場で一時的に企画して作られた農村の特別贅沢な新婚用品の一つなのである。こう言うものを使った世代は60代から70代に突入しているはずである。「花花緑緑」と言う言葉を思わせる土臭い田舎風装飾は今では出せない味わいで時代をにおわせる。人民公社の時代である。

江南の景徳鎮で石炭窯が使われるうようになったのは改革開放後の49年以降のはずで、しばらく使われて新燃料と交代でお役御免となる。
煙突から出る石炭の煙で公害がひどく、街じゅう真っ黒な煤だらけだったが煙突と共に公害も姿を消した。夜空の星が見える景徳鎮を誰が想像したであろうか?


そうした時代の工法と素材の生き証人の様な製品がこの茶杯である。
今いれば粗末なものであるが、当時はどんなに贅沢品で夢見心地の中で使われてきたのであろう。

しかしよく見ると粗末とはいえ土も焼きも現代のものよりはるかにしっかりとしていい感じであることが理解できる。これが景徳鎮オリジナル素材なのだ。高級なものではないが、景徳鎮伝来の工法で地元で調整された土で焼いたものはこうなると言う見本のようなものだが、あいにくとこうしたものが既に手に入らない。

似た物はあるが既に最近のものである。
80年代には既に見かけない焼き上がりと土味、釉薬だ。

金彩が擦り減ったり上等のものではないが、日用愛用いただきたい
時代の味わいが溢れている。

旧国営工場の従業員宅からアウトレットとしてその昔現物支給の形で配られたものがまとまって出てきたのを販売しています。
買い占めましたが数に限りがあります。コンディションの良い物から出荷しますのでお早めにお求めください。

こちらに直接お問合せ頂いても結構です。
景徳鎮より直接発送いたします。
必要な個数があればそちらもお問い合わせください。
現時点で10個までは揃えられます。

口径約7.4cm、高さ約5.5cm。

こちらは直販も致します。(~2011.8.15まで。)

小売り価格はコンディションで価格が違います。

A4,000円
B3,000円
C2,000円

卸しはお問い合わせください。(実店舗のある場合のみ限定)

中国からの航空便発送になります。
送料、発送経費はお客様の負担となります。
詳細はお問い合わせください。
また現地での納品もスケジュールが合えば可能です。
入金は中国銀行景徳鎮支店となります。
個人のお客様で購入額が送料と合わせても少ない場合はご不便おかけしますので例外的に日本国内の金融機関口座もご用意いたしますのでお問い合わせください。
また繁忙期には小売りは中止致します。小売り期間を明示致しますのでよろしくご参考ください。



尚、製品の特性と営業地点の立地上返品はお受けいたしかねますので
予めご理解ください。
到着時破損、商品間違いなどについては今のところ無いので万一破損の際はご相談ください。

初めてのお客様、品物を見て決めたいお客様は最寄りの小売店をご紹介いたしますのでそちらにお問い合わせください。








【2011/07/12 16:04 】 | 中国茶器 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
工人
「工人」gong ren

「打工的人」da gong de ren  景徳鎮普通語でこの言い回しも多い


これは読んで字のごとく擅長つまり技に長じた「工の人」と捉えそうになる。とりわけ景徳鎮の工房で働く人を見ると、直接「職人」と訳したくなる。
景徳鎮の工人の工は「手間」というニュアンスが強い。

日本人が匠から連想しがちな「工」の精巧、精緻という意味とは感覚が少し違う。

精巧精緻なら、工巧、工整、工細という普通の言い方があるが、
この手間というニュアンス、例えば絵付けの細かい物は「工重」gong zhongと言われて工人からは嫌がられる。


哎哟,老板 goga(おそらく這箇) 画面工太重,画别的可以(恐らく不了)bula?(景徳鎮人に方言の表記を聞いても誰も答えられない)
(あいや~、旦那、この絵付けは手間が多すぎる、他のじゃ駄目かい?)

一个工给多少钱?と同じ工のニュアンスだと言うことだ。

だから日本における職人の概念で匠の人、「工人」を雇うととんでもないことになる。

また「工人」は「労働者」「従業員」というニュアンスが強く、社長が職人を指して労使の関係から「工人」と言う場合もあるが、そのほとんどは言われたことだけに労働力を提供する「労働者」「苦役人夫」としての扱いとなる。


あくまでも工人の場合、労働者が些か絵付けができたり、轆轤がひけたりと言うことだ。そこには尊敬が無い。

分業制が早くから極限まで細分化された景徳鎮では分業を「分工」fen gongと言う。

伝統的にはそれぞれの職責の中で「師傅」shi fu(親方)と「徒弟」tu di 弟子に分かれていた。単なる徒弟制度の関係もあるが、雇われて来ていることもある。(臨時工)職人的存在があったとすればこの辺の人たちまでなのだ。

しかし共産党により工房の大規模国営化が勧められた段階で、旧制度は大規模に組織編成をされて、一部の親方を除きそのほとんどと徒弟以下は
「工人」(労働者)にされてしまった。


与えられた仕事を時間から時間、だらだらやっても何も変わらない日常。
ただでさえ怠け者の土地柄に、国営企業の観念が入り込み、職人は一切仕事に対し熱意も追及もしなくなってしまった。

非常に無気力、無責任、利己的で仕事に対する一切のプライドや責任感が無いのが「工人」と理解して差し支えない。品質が悪くても売れないのは販売部門の責任で自分たちは時間内仕事場で仕事したというのが基本的な考え方だ。

それゆえ優秀な指導者が四六時中見張らないと何も製品になるような物はできてこない。


それでは日本的に考える職人は存在するのか?
俗に言う職人気質と言うやつだ。

これはある。

一部の「師傅」の中と一部の師傅、徒弟出身経営者がきわめて
職人的な体質を持つ。しかしそれとて倒産させてはならぬと言う危機感から出発した実利的発想が中心で、何事も出発点は利益のための切磋琢磨である。今回はこの辺でいいという考え方で段階を踏んで向上してゆくので決してものづくりだけで生活が困窮することは無い。
それゆえ海外から景徳鎮に来て「工人」を雇って工場を開く人はほとんど失敗する。それぞれの分業単位でそれぞれ連携がなく無責任な仕事の押しつけで結局何もでき上がらないのだ。

職人という概念が違うことが理解されないと仕事を任せてもとんだ目に遭うだけである。

工人は手間の人、人夫であり決して職人ではない。

そこには職務に対する良心、規範性、精神性も哲学も存在しない。

有るのは疲労と時間と手間賃の概念だけだ。

いいものを作るのは工人ではないことをお分かり頂きたい。















【2011/07/12 10:53 】 | 現代景徳鎮用語 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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