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【2026/10/11 03:14 】 |
値上がり値下がり
物価、人件費の上昇する中国ですが、景徳鎮の焼き物も値段が上がってきています。

それでも逆に安くなるであろうものもあります。
量産体制が整ったメーカーが激戦となり品質の良いものが
安くなる傾向も一部で出てきています。


しかし何と言ってもその磁器の手作りの割合が多ければ多いほど
技術継承者、素材も不足する昨今、継続的に値段の高くなることは疑う余地がありません。今より人件費も安くなることも無いでしょう。
そして中国は同じ文化を愛好する人口が多いため需要も今後も大きく見込まれ、日本のように若者の生活の多様化で伝統工芸品が苦戦するようなことも起きにくく、むしろ投資の対象としてますます手工芸がもてはやされることでしょう。

これまで他所の製品を褒めなかった工場長も何年かしたら物も価格も二度とこうは出来ないだろうと言っていろいろ買いあさっています。


何れと思っているうちに一生縁が遠いものになりそうなのが中国の伝統工芸です。



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【2011/07/07 19:41 】 | 景徳鎮よもやま | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
川遊び
「真夜中の~♪街道を~♪頭のおかしい野郎が二人~♪」

工場長がご機嫌で適当な歌を歌っている。

後ろでトラックがクラクションを鳴らしているが気にしないで
道の真ん中をおんぼろ電気自転車でふらふら走る。

時間は午後11時。

こっちは買ったばかりの自転車を必死でこぐ。


ついさっき「これから行く」と電話があった。

本来は一昨日の夜のはずであった。

「川で魚を取って遊ぶからな明日は。」

江西省産の淡水魚が豊富な事を知って絵付けの素材として面白いので接客室にアクアリウムを設置しようと言うのを聞いて一番に遊びたい人が
音頭をとった。

夜遅く訪ねてくるはずが、待てど暮らせど来ない。どうせまた気が変わるのだろうから来ないかもしれないからと家で仕事しているとやはり何の音沙汰もなく夜が白んできた。

待っててもしょうがないから朝市に行って生きたライギョとドジョウを入手してきた。ところが気温が熱すぎて酸欠を起こして家についたら
危篤状態。しかたないからドジョウの様な小さなライギョを料理して食べた。

生き残ったドジョウのデカイこと。。
日本で見たこと無いほどデカイドジョウが大暴れ。
これでは落ち着かないと街に出て可愛い金魚を
三匹買って妥協。
当初の計画は何れと言うことに。
何より水槽の魚を見ると目が休まることに気がついたから
急務だった。
焼き物鑑定、検品もパソコンも視点が一点に集中して変わらないから
とても目に悪い。
魚を目で追ってるとそれだけでだいぶリハビリになっている。

一晩ドジョウは隔離して環境を整えて置いた水槽に金魚を移すと
これまた順調に見えた。

ところが翌日良く見ると金魚のヒレに尾ぐされを発見。
薬も無いので慌てて酸素量を減らして塩浴を開始。
管理の悪い店から買った上に酸素を多く入れ過ぎて
好酸素の菌が繁殖した物と思われた。そう言えば
昨日は小さな点に見えたが生理的な物と思い気にし無かった。

家事をしながら金魚の世話をしていると先ほどの電話。

何の用だと思ったら、寝室の鍵が開かなくて連日困っている。
漸く業者を呼んだが開く様子が無い。
開いたら魚取りに行くから懐中電灯持って待っててくれと言うのだ。
昨日はソファーで寝たという。
あの家のソファーは概念が違って硬い紫檀のベンチだと思うのだが
工場長にはソファーなのだろう。。
夫婦そろってお疲れさまである。

「お前の家の寝室のドアはアメリカ製の防弾扉じゃなかったのか?」

「ドアはそうだが鍵が後付けの素晴らしい中国製だ。」


自転車を買った日、工場長の家の階段で工場長のボロ自転車とチェーンで繋いで鍵をかけたら帰りに買ったばかりの鍵が回らなくて金槌で毀したばかりである。二人とも出かけられなくてひどい目に遭った。

それからあちこち遊びに出かけたが、今回の鍵はドアは頑丈だし手ごわいらしい。二日も開かないのだから。

「開きそうか?」

「難しそうだ、ドアがよすぎる。。」

「今夜もそのソファーで寝るのか?」

「考えたくないな。」

「適当に待ってるからもし鍵が開いたら出てこい」


そう言って料理したり掃除したり洗濯したり手が離せないときに
また電話。

「これから行く。」

「こんな夜中か?」

「そうだ。夜中でも魚はいる。」

「昌江だろ?あんな大きくて深い川危なくないのか?」

浅草辺の隅田川並みの河川である。網を持って
出かける様な川ではない。

「大丈夫だ、川は大きくても小さな魚もいる」

答えになっていない。

「鍵は開いたのか?」

「鍵は開かなかったがドアは開いた」

「毀したのか」

「千何元損した。」

アメリカ製の防弾扉が千何元で買えるのか。。。

団地の門の前で待ってるとはたして工場長がボロ自転車でやってきた。

「お前網はどうすんの?」

「これが目に入らないのか?」

これは??!!

蒸し鍋の中敷きではないか!!!


「こんなもので捕るのか?」

「当たり前だ。あとはこれがある!」

「は??」

直径10センチの金魚すくいの一番小さな網だ。

こう言う天才だからあの焼き物が作れるに違いないと
考えることにした。

それから工場長の「頭のおかしいなんとか」という替え歌を聞きながら
川に向かった。

川辺につくとこんな夜中でも屋台が出てカップルで一杯だ。
暗がりのベンチはどこも満席で盛況だ。

「どうだ、羨ましいか?」

「それどころじゃない!お前どうやってこんな高さ10mも護岸工事されたところで、鍋使って魚とるんだ一体!!」

「没関係!」

「関係無くないだろう!!」

ところがどうしたことか!!

護岸に勝手に手作りの梯子が掛けてある。


「ここから降りる!」

「上流で大雨とか降ったらおしまいだからな」

「大丈夫だ省内晴れだから、見ろ下は自然の河川敷がある」

「あ、ほんとだ。」


護岸工事された遊歩道は二段構造になっており
一番上は道路よりだいぶ高く盛り上げてあり
一定間隔で大きな楼閣風の東屋が儲けてあり
老人達が民族楽器を奏で歌の稽古をしている。

その下の段、恐らく道路と同じ高さのところに
もう一本遊歩道があり、下りて川面を眺められるようになっている。

こちらの方は高低差もあり、浮橋に下りる個所以外は
だいぶ歩く人も少ない。

老人カップルは立派な最上部の東屋を占領して、若くなるほど下へ下へと
言う傾向が見える。

最下部の外れ、光と闇の境目辺りは目いっぱいおしゃれをした若者たちが
無言のまま抱き合っている。

「ヨ~シヨシ(ここだけ日本語、日本の兵隊のまね)我々はこの辺りでいいだろう」


二人しかおらんのにお前はいつから隊長なんだ。。


カップルたちは得体の知れないおっさんが二人、手に手に金魚すくいの網と蒸し鍋の仕切りを持って怪しげな話をしながらやってくるので何か思想改造とかの行き過ぎて頭のおかしい人を見る様な気の毒そうな目でこっちを見ている。

なんだかいろいろな意味でとても気まずい空気のなか手作りの梯子をつたって河川敷に下りた。


夏草が生い茂りひんやり涼しく生きかえる。

川面を懐中電灯で照らすと、いるいるいる!!

小魚やエビがたくさん泳いでいる!












続く




























【2011/07/06 09:24 】 | 本日の活動 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
清の青花金魚 「貴人蓋碗」 










今まさに失われつつある伝統工法の蓋碗。

一見本格派ではあっても、景徳鎮でさえ、もうどの蓋碗もプレスものばかりになって、素焼きなしで焼成する古典的な景徳鎮蓋碗はどこのメーカーもロスが多く扱わなくなってしまいました。

薄手に作ると歪みが大きく蓋と本体が合わない場合絵付けが全くの無駄になってしまうことから特に染付の蓋碗はリスクが高くどこの会社も作りたがらないわけです。

しかしプレスものと轆轤ものは発色から手触り、そして磁土の特性から来る茶葉のふくよかさを引き出す良さは全く別物でやはり染付の轆轤蓋碗に勝る蓋碗は有りません。


小雅ですら2007年から生産停止した総手作り素材と工法の蓋碗。

小雅なら恐らく1客2万元からそれ以上になるであろう総手工蓋碗をお求めやすい価格帯で生産することが出来たのが、今回の企画の目玉でもあるこの手工蓋碗です。


こちらの蓋碗は試作品を使用してみましたが、タルク釉薬や低温焼成、非還元炎の茶器のように水の感触を硬くしませんのでふくよかな茶ほどお似合いです。逆に窒素肥料過多茶葉の刺激や渋み、えぐみなどをパンチと捉える向きには、そう言った味や表面的な匂いの立ち上がりが緩和されるので満足感を得られないことでしょう。この辺が景徳鎮のもう一つの側面である緑茶の産地としての嗜好が育んだ最上級茶器の哲学がそこにあります。この点では小雅茶器が別格に体現していますし、今後しばらくはそれがさらに深められるでしょう。同じ白湯でもアルマイトで飲むのとガラスで飲むのでは味も変わります。磁器とて同じです。どのような磁器で飲むかはその人の感性と経験至第と言えるのではないでしょうか。
無理やりこれがいいとは以前のようには申せません。

とにかくも実用品としての強度を考慮した出来る限りまで轆轤の技で薄手に削り込み、光と茶葉の競演が楽しめるようとてもよい作りになっています。緩やかなカーブと揺らぎのあるフォルムが型押し蓋碗と違って目に飽きません。手触りに敏感な方ならなおさらのことでしょう。

一番気にかかる価格のことですが、焼き上がりを見て決定致しますが一客多めに見積もって3万円以内におさまると思います。ただし総手工芸蓋碗はもうほとんどどこでも作られておらず、3ピースばらばらに完成させなくてはいけないとりわけ染付製品はいつ断絶してもおかしくありませんし
値上がりしてもおかしくありません。今回の価格は今回の価格で有ろうこと、よろしくご理解ください。



続く
【2011/07/05 16:05 】 | 中国茶器 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
景徳鎮青花蓮池図中山杯
先日ご紹介したものを更に詳しく掲載いたします。

磁土から轆轤形成用の古典的なものを採用しています。
流動性の高い景徳鎮磁土の変形を防ぐための素焼きせず景徳鎮本来の
生地に直接絵付け後釉薬を掛けて焼く「生掛け釉薬」の発色と肌合いの味わいを求めています。
よって「吹き釉」の味わいも最大限生かされています。
景徳鎮磁土と伝統工法上西洋式のプレス製品の様な文字通りの型で押したような端正さは無くなりますが、多少の歪みこそがゆらぎとして優しく日常、手肌に馴染んでゆくことでしょう。
むしろ手作業で寸法だけ見てもこれだけの規格のものを焼き上げると言うことは大変素晴らしいことです。
たとえれば景徳鎮の伝統工法の磁器はロールスロイスの様なものです。
日本車の様なかっちりした合理的規格と出来栄えではありませんが
手作業ならではの職人の知恵と経験が生み出した気品と柔和さが横溢しています。あらゆる心地よさはここから生まれます。経済的合理性だけ追求しては生まれません。

確かに大量に安定して流通させ、利益を上げて行くには伝統工法はむらが多すぎて不適応です。しかし少量でも、規格が一定でなくても本来ものの善し悪しとは別の問題のはずです。

この度は普通の山水なら数点描ける時間を費やして職人のトップが一点の絵付けを完成させております。それとても、生掛け焼成での不安定さで失敗する確率が高いのです。

しかしそれでも敢えてお客様方には伝統的な優良な製品を細々とでもご紹介いたしたいと考えております。

少量で優良な景徳鎮磁器を仕入れたいと思われる業者の方にもお勧めのシリーズです。








まず当初大体のデザインは華洋折衷の青花金魚シリーズだけで行く予定でしたが、景徳鎮人が「パターン図案絵付け」と「絵画絵付け」をあまりに厳格に分け考えており、花のパターンと方向性ある金魚を折衷すると言う概念をなかなか理解できずに私のデザインを飲み込んでもらえませんでした。討論するなかで生まれた別のシリーズがこれです。
「中国絵画絵付け」で意境とモチーフのベクトルと平衡感覚が強調されています。書やてん刻と同じ次元です。

絵付けでまず直面した問題は水蓮の葉の描き方です。
こう言った規則正しそうでいて不規則なものの重ねを
平板にならないように描くのがなかなかと難しいのです。
うっかりリズムを間違ったり筆運びの方向を間違うと
全体が死んでしまいます。

既に描いたところにつられないよう一葉、一葉矛盾なく重ねて描くだけでも大変なところ、今度は染めを均等に施さなくてはなりません。

一枚の葉の中でどれだけ濃淡を出すかと言うこともだいぶ工夫を要しました。結局、小魚が泳ぐ白い空間と小魚の動きを際立たせるため、やや平板な感じに全体を仕上げ「青対白」の対比を主眼としました。それでも微妙な濃淡による優しい揺らぎは感じられます。
そしてこの青い葉の波に挟まれた白い水の面積を調整することで描いた小魚の動きがより躍動的に映り方向性とか速度感が表現として出しやすくなりました。

しかし何と言っても画師の腕です。この小魚の動きと小魚の周囲の淡い青のぼかしの波紋をご覧ください。
カップをぐるりと回すとあたかも夏空を映す水面を魚がツンとつつきながら遊泳する様を目の前に見るようです。

この魚の動きにはさすがに参りました。
指示した以上の出来栄えです。


寶田


続く
【2011/07/05 12:06 】 | 中国茶器 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
清の青花金魚 「中山杯」(ふたつきマグカップ) 
中国茶器としても普通のマグとしても両方使える手作りマグの最高級品。
ほとんどのマグは型で作られていますがこちらは轆轤で繊細な厚みや口当たり、軽さを実現しています。絵付けいついては先の急須をどうぞご参照ください。とても時間のかかる絵付けです。線描と染めの両方に時間を費やすると同じタイプの山水画の製品がいくつか描けます。パターンや図案化されたものは実は手間と時間が線描中心の絵画ものの何倍もかかるのです。一切の型を使わないと言うことは古典的な景徳鎮の土を使えると言うことも意味します。それは同時に素材と手間においてハイコストなよいものの証です。特に染付では焼成成功率がぐっと下がりますので総轆轤手作りの製品は貴重なものとなります。素焼きせず絵付け後釉薬生掛けして高温焼成できると言うことは景徳鎮独自の風合いと発色にも関わります。
今回の提携窯元は今では茶器、食器メーカーではほとんど見なくなった
素焼きなしの一発焼成と言う古典焼成法をとっている数少ない窯元です。どうぞまだ手に入る今のうちに素晴らしい景徳鎮をコレクションにお加えください。






蓋を置いたときの重厚感ある響きが何とも最近の型物には無い心地よい音です。
【2011/07/04 14:04 】 | 中国茶器 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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